ゴスっ娘 薔薇迷宮

ローゼンメイデンの「水銀燈」と「真紅」
ゴスっ娘語りをしていっていた上で、微妙な印象の差異がなんとなく気になっていました。
そこでローゼンメイデン。
「水銀燈」はまだしも、「真紅」はゴスロリでは無いです。ましてや他のドールたちなどもっと無関係。
全体のテイストもゴスというよりバロックかもしれない。
しかし、この「ローゼンメイデン」の登場によって、「この世界観、このファッション それがゴスロリ」という風にマンガやアニメの中で定着してしまったように思えます。
つまり、そ う い う こ と なのかと。
これによりマンガやアニメの世界で「ゴスロリ」という言葉が浸透したと同時に、現実のゴスロリと乖離してしてしまったのかと。ああいうヒラヒラしたものがゴスロリと認識されてしまえば、そりゃあメイド服とごっちゃにされるわけだなあと思って、なんとなく納得。
こうしてみると、ローゼンメイデンは時代の認識を変えるほどの凄い作品だったんだな。
アニメ版の「GOSICK」が全然ゴシックじゃないのも、おそらくゴシックやゴスロリはどうでもよくて、ローゼンメイデンのようなテイストをやろうとしていたということなのでしょう。言い換えれば、アニメ用語的「ゴスロリ」。
いや、作り手はもしかしたらアレをゴスっぽいと本気で思って作っていたのかもしれない。ただ用語の認識が違うだけで。
なるほど。ようやく差異がどこにあったのか理解できた。
まあ、それがそういうことなら別にいいと思います。すでにそういう認識が進んでいるのなら許容する。
現実のゴスロリとは違うと言っても、ゴスにおける「ヴァンパイア」のようなものとして、ゴスロリシーンで好まれるモチーフ(人形愛とかね)と考えれば十分「ゴスロリ」だろうし、今ではこういったものは相互に影響も与えていると思うし。
そう、魔女っ子みたいなものか。
今言われる魔女っ子がまったく「魔女」でなくとも、もはや「そういうもの」として認識されるのと同じように。
そういうものに「これは○○じゃない」とつっこむのもヤボかなあ。とか思ったりします。
流れでゴスっ娘鑑定とかしてますが、正しいか正しくないかは本当はどうでもよくて、むしろ「どうしてこれをゴスっぽいと思うのだろうか」という認識サンプルがいろいろ見れたのが、なにより面白かったです。
まあ、あれですよね。
古代日本で仏教が普及しはじめたころ、地獄絵図なんかを使って説法していたわけですが、そこで描かれる死者の霊と地獄の獄卒。本来「鬼」とは死霊を意味する漢字。まさに「屍鬼」。地獄絵に描かれる死者たちこそが「鬼」だったのだが、民衆はマッチョで恐ろしい形相の地獄の獄卒の方を「鬼」と思ってしまい、それが定着してしまう。
「鬼を描いた絵」としては正しいが、なんかズレてしまった・・・みたいな!
・・・・あれ?いい例えかと思っておもわず書いてみたけど、ちょっと違うかしらん。
なんにしても、欧米のゴスと大きく違うところは、欧米だと学校に行けばたいてい何人かはゴスっぽい人たちを見かけることができる「日常」であるのに対して、日本ではゴスロリでいる子を見かけることはまれな「非日常」であることが大きいと思う。
ゴスロリというファッションがあるのは知っているが、マンガやアニメのキャラとして見かける方が多く、「キャラとしてのゴスロリ」の方がイメージとして浸透しているのではないか。
「ギャルっぽい子」というものならきっとこんな乖離は無かったのだと思う。
とまあ、そんなゴスっ娘ならぬ「ゴスロリっ娘」論をつらつらと考えていたら、思考をまとめるのにえらい時間がかかってしまったわいな。
>日本ではヴァンパイアはヴァンパイアと捉えているから金髪になるんじゃないでしょうか。日本のヴァンパイアが出るものって、あまり作品自体にゴス性が無い物が多い気がします。向こうだと作品自体ゴス色強かったりする気がします…(アンダーワールドとか
わかるようなわからんような日本語だが、私にはちゃんと伝わりました!
あちらに例えて言うなら「NINJA」みたいなもんなのかも。
まあ、描かれる日本の忍者像も史実とはまるで関係のない、ほとんどフィクションから出来上がったものですが、それでもその背景にある文化的なものはどこか盛り込まれているという差異・・・ うおお、こっちはうまくまとめられん。
煮詰まってきたので、かる~くゴスっ娘鑑定
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さらばコミックスコード

ARCHIE Dropping COMIC CODE AUTHORITY Seal in February
DCコミックス、そしてアーチーコミックスが「コミックスコード」をつけることをやめると発表。
今後CCAによる検閲をやめ、倫理規定は自社規定のものに従って刊行されることとなる。
まあマーベルはとっくの昔にやめていたし、ほとんど有名無実となっていた「コミックスコード」ですしねえ。
コミックスコードとは、アメコミパッシングがおきた時代に出版社によって作られた「コミックス倫理規定委員会(CCA)」による倫理規定。
詳しくは漫画で読むアメコミの歴史の第3号とかどうぞ。
コミックスコードについては、アメコミ衰退の理由のわかりやすい悪役としてとしてよく取り上げられるが、最近ではその説が疑問視されることも多い。(そもそも衰退したのか?ってな話もあるし)
だいたいスタンド売りならまだしもコミックブックストアで販売されるダイレクト・マーケットシステムになってからはほとんど意味を失っていたともいえるだろう。
(DCも検閲通さないコミックブックもすでにいっぱい出してたし)
マーベルは早々と脱退。それでも慣習的にDCやアーチーなどでは残っていたが、それもついに終わった。2011年になったんだなあという気分。
そういやマーベルが脱退したのって2001年か。なんか妙に区切りいいなあ。
こんな検閲をうけなくとも、今の子供向けコミックの自社倫理規定はかなり厳しく、直接殴られる描写や刃物描写なども規制している(ウルヴァリンの爪ですら)。
インディーズ出版社ははなからこの検閲を通していないものがほとんどだし、大手のDCやアーチーの撤去によって事実上コミックスコードは完全に役割を終わったといえるのではないだろうか。
状況や内容が違うので単純に比較できないが、ここ最近の日本での漫画をめぐる状況とは対照的なのがおもしろいとか思った。