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最近のカートゥーン雑感

米国製「ANIME」が大人気
ニッケルオデオンのアニメ作品『Avatar:The Last Airblender』が、2005年のテレビ視聴率で6歳から11歳での最も人気の番組になったという。

うはあ、人気だとは聞いていたけど、アバターってそんなに人気だったんだ!!いわばニックのTeenTitansってとこかしらん。
ちょっとだけ見たかぎりでは、むしろタイタンズのように「妙な」感じはなく、普通にNHKででも放送してそうな自然な感じ。カートゥーンにありがちなインチキアジアのノリはいっさいない。ディティールも細かく、世界背景もしっかり作りこまれていて奥の深いつくりになっている。

最近の海外トゥーンの動きを見ていると、どっかの局がヒットを出すとそれに似たようなものが他の局でも出てきてちょっと混乱することがある。作品をぱっと見ただけだとそれが、カートゥーンネットワークなのか、ニコロデオンなのか、ディズニーチャンネルなのかわからないことが多い。
Buzz on Maggie(ディズニー)はHiHipuffyぽいし、Juniper Lee(CN)はキム・ポッシブルを連想した。Robot Chicken(CN:adultSwim)はカブラームのアクションリーグナウっぽい気もするし、Camp Lazlo(CN)はロッコーのモダンライフかと思った。kappa Mikeyはまだ始まってないけど、アダルトスイムじゃなくて、ニコロデオンなんだものなあ。

そういえば、massangeanaさんもそんなことを書いていたっけ。

まあ、実際見てみるとそれぞれ違った個性を出してはいるのだが、特にリアルタイムで直接見てないで情報のみが伝わってくる日本だと激しく混乱する。

これは均一化だろうか?
いや、むしろ多様化と拡散なんだろうと思う。
パイオニアが何か作ればそれがジャンル化し、幅が広がってゆく。日本のアニメもそうやって広がってきたのだし、同じようなことなんだと思う。
カートゥーンに「ANIME」の影響が・・・とかいうのももはや「古くさいい」言い回しな気がする。

ものすごい勢いで多様化してきてる海外アニメ、そうなるとちょっと心配なのは「軸」となるべき作品の消失。もはや一口にカートゥーンと言っても語れないようになり、カートゥーンファン同士でも話がかみ合わない状況に・・・・て、まあ別にいいか。多様化した中から自分にあったおもろいものがあればいいことだし。

いや、よくないかも。ただでさえ間口の狭い海外アニメ、「あの作品が見たい!」と思っても、それが日本にこないで、ぜんぜん別のものがどんどん上陸するって状況になったりして。

・・・・え、もうなってる?まいったなもう(笑)

ま、それはそうと、「アニメ!アニメ!」の記事で
こうなるとそもそもアニメとはなんだろうか、アニメとカートゥーンが違うものとして両者を隔てているもの何なのかという疑問が出てくる。おそらく日本人にとっては、アニメは技術的なもの以上に日本人が作るからアニメだという本質的な違いがある。しかし、米国人にとってのアニメは表面に出てくる作風やあるいは単純に東洋スタイルといった技術論のようでもある。


と書いていたのを読んで、どっかで読んだ覚えが・・・と思ったりした。ああ、これだこれだ。
Ask John「何をもってしてANIMEはANIMEなのですか

ANIMEとはつまり日本製アニメーションのことです。単純に聞こえるでしょうが、これを文字通りに受け止められると話はこじれてきます。そもそもANIMEとは日本人の創作者によって作られる、日本の文化的深層に根ざしたアニメーションなのです。

アメリカ人も同じこと言ってる(笑)

しかしまあ、つきつめればそういうことになっちゃいますよね。

そういえば「日本人には真のラップは歌えない」「日本人には真のパンクスはいない」とか言われていたこともあったっけか。

「シャンパンはシャンパーニュ地方のものだけ」みたいに、定義とすればそのとおりなんだけど、だからといって旨いスパークリングワインが他に存在しないというかというと、そんなことはない、みたいなものかと。

外来なのに日本の文化となったラーメンやカレーのように海外製ANIMEもそんな変貌と発展を進んでいくんではないでしょうかね。「やっぱり本場ものはスパイスが違うよ!」とかいう「通」もたくさんいそうだけど(笑)

タイタンズはさしずめカルフォルニアロールってとこでしょうか。
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ANIMEとカートゥーン
スカポン太さんの今日のブログエントリーはおもしろかったな~カートゥーンはめまぐるしく進化してるんですね~もはや、ついていけない~。というか、もうこうなったら、カートゥーンと一口に呼べるものとかなくても、自分で好みのヤツをチョイスして(発掘して!)見て....

コメント

ふこをさん:アニメ
日本のアニメーションが、「アニメ」と定義されたのは、パイオニアLDC(現ジェネオン)が自社のアニメを売り込む際のキャンペーンが元じゃないかなぁ。@コンベンション。
MANGAもね。
土地神:軸は
これからは作品から人に移っていくんですよ。サヴィーノとかサヴィーノとかサヴィーノとか。半分冗談じゃなく(笑)。
kappa MikeyはFOXかMTVの番組だろうと普通に思ってました。ニコロデオンだったのか…。
スカポン太:anime
ふーむ、そういう売り込み方をやっていたんですか。けっこう自然発生的に呼ばれてきたのかと思ってました。
ジャパニメーションからアニメに入れ替わったのがその時期ってことなんですかね。

kappa Mikey (http://kappamikey.com/
ほら、左下にNicktoonsのロゴが・・・・どーーーーーん!!
一応MTVが供給ってことで、それっぽいといえばそれっぽいんですが、それをニックが受け入れたというのが変化なんでしょうね。

>人へ
すいません、よく意味がわからんのですが、
ガンダム>サンライズ>トミノ
みたいな興味の「軸」の流れってことですか?
土地神:シフト・ザ・ジクー
「制作者自体が興味の軸(対象)になっていく」というマニア視点の深層化とはちょっと違いますね。
「カートゥーンを語る上での軸(単位)が制作者自体になっていくという」ということです。

これはどういうことかといいますと、ある時期に軸となる作品がなくても、これまで我々は「放送局」という大きな単位でなんとなく作品の区別をしてきました。しかしスカポン太さんのエントリにあるように作品の拡大・細分化が進むと放送局単位ではカートゥーンを語るのに無理がでてきます(同時に軸となる作品も出にくくなります)。

ここで日本であれば、単位はより小さな「制作会社」にシフトしますが、海外アニメの制作会社は特色がはっきり分けられていないのが現状です。となると、単位は制作会社よりもっと小さな単位でかつ区別のしやすい「制作者(=人)」へとジャンプするわけです。

実際にはこういう流れで変化が起こると思います。最初は細分化されたコミュニティ内でローカルに制作者の名前が話題として挙げられます。そして次第にこうした作法がカートゥーンを語る上での共通事項になり、個々の制作者についても情報が広まっていきます。こうして軸は次第に作品から人へと移っていくのです。私はなんとなくこういう現象はもう始まってる気がします。考えすぎかもしれませんが…。
JIA:
とても ためになる話題でした。 よんでいて 面白かったです。
レスできるほど、カートゥーンを見ているわけではないので 緊張しています。^.^;  Juniper Lee(CN) は、オーストラリアでも 今月から放映です。CMをみたときに、ディズニーチャンネルを見ているのかと 勘違いしてました。 そういえば Ask Johnっていうのと その記事、どっかで見たなぁと思ったら、こないだのアサイメントで 参考文献として使ったのでした。 :p
ふこをさん:ジャパニメーションというのは
AKIRAの頃の表現ではないかしら。つまりジェリベツ先生のフィルモグラフィーを見ると1989年かな。この後から日本アニメの長編の公開が増えてます。レンズマン(w)、ロボットカーニバル(ww)、カリ城、北斗の拳など。
この後の天地とか、モルダイバーとかで、ANIMEになってきたんじゃないかしら、と想像。
スカポン太:
>土地神さん
ああ、なるほど。音楽アーチストなどとか所属事務所やレコード会社で意識するんでなくて、アーチストで作品を聞くというようなもんですね。(って、あんまり適当でないたとえかも)
チャンネル単位でなくなると、なにかとチェックが大変だなあとか思いつつも、それが時代の流れかとも。

>JIAさん
アサイメントお疲れさまでした。やっぱりディズニーっぽいですか~。

>ふこをさん
てことは、紹介されるものが劇場アニメからTVシリーズに移行しはじめたタイミングが言葉の変化をもたらしたのかもしれませんね。ふむふむ。

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