fc2ブログ

フンドーキンの野望 本醸造編

または「醤油分布の謎をとく ~本醸造と混合醸造~ その2」

前回うっかり「その1」なんて書いちゃったので、その2もすぐにやるつもりだったんだけど、調べていくうちにどんどん最初の内容と変わってしまいました。

kongourabel01.jpg
そんなわけで前回のおさらい。
・醤油は製法による違いによって「本醸造」と「混合醸造方式・混合方式」がある。
・現在のシェア率は「本醸造(79%)」「混合醸造方式・混合方式(21%)」
・混合醸造方式は醸造過程で「アミノ酸液」を混合する方式。口当たりは本醸造より淡く柔らかい。
・東北や九州の醤油は「混合」が多い。
・にもかかわらす、なぜかフンドーキンは本醸造

hunndo-kin_honjouzouden01.gif

というわけで、久々に醤油ウンチク話(長いです)
本醸造と混合醸造の関係とフンドーキンの伝説。
ちなみに「混合醸造」というのは最近の呼び方で、それまでは『新式醸造』と呼ばれていました。
2004年のJASの改訂からなので、ほんの数年前です。なので、醤油醸造業者では今でも新式醸造と呼んでいるところもあります。

さて、本醸造と混合のシェア比率(本醸造79%/混合21%)でわかるように、日本で生産される醤油のほとんどが本醸造方式。
関東ではまったくと言っていいほど、この混合醸造方式の醤油はみかけないですね。
というのも、キッコーマンが本醸造派であり、また混合方式で作られる醤油は地域が偏っているため。
混合方式醤油の比率が特に高い地域が東北、北陸、そして九州。

そう、まさしく甘口醤油地帯とぴったり重なる
ツンとした塩辛さがやわらぐ混合方式醤油は、甘口との相性が極めていいといえるのかもしれない。
同時にこれらの地域は地元の醤油を使う「県内産醤油供給率」が高い地域でもある。
例えば、1992年の県内消費における醤油中小企業産供給率を見ると、九州すべての県で90%を超える(特に大分が高く96%)。東北や北陸はそれより少し劣るものの、75%~80%(特に青森、秋田、山形が高い)。
また、混合方式は中小醤油企業ほどその割合は高くなる。
つまり混合方式の醤油は地元密着の中小醤油業者が多く、かつそれらの醤油は甘口が多いということだろうか。

ただ、この混合式醤油はかつては多くの業者で生産されており、1971年の時点では「本醸造53.3% 混合46.7%」と、半分が混合醸造であった。それが激変するのが70~80年代。
どのように生産比率がかわったか見てみよう。
※前述したようにその当時は「新式醸造」とよばれていたわけだが、現在の名称に合わせて混合と表記する。



■本醸造と混合醸造 その比率と推移

1971年
全 国 本醸造53.3% 混合46.7%
(大手:本醸造83.2% 混合16.8%)
北海道 本醸造24.2% 混合75.8%
東 北 本醸造09.8% 混合90.2%
関 東 本醸造82.6% 混合17.4%
北 陸 本醸造12.5% 混合87.5%
東 海 本醸造28.8% 混合71.2%
近 畿 本醸造75.1% 混合24.9%
中 国 本醸造08.7% 混合91.3%
四 国 本醸造22.0% 混合78.0%
九 州 本醸造09.0% 混合91.0%


1989年
全 国 本醸造73.0% 混合27.0%
(大手:本醸造88.5% 混合11.5%)
北海道 本醸造85.1% 混合14.9%
東 北 本醸造23.9% 混合76.1%
関 東 本醸造92.7% 混合07.3%
北 陸 本醸造32.4% 混合67.6%
東 海 本醸造79.1% 混合20.9%
近 畿 本醸造87.3% 混合12.7%
中 国 本醸造30.0% 混合70.0%
四 国 本醸造65.5% 混合54.5%
九 州 本醸造24.1% 混合75.9%

(※大手とはキッコーマン、ヤマサ、ヒゲタ、ヒガシマル、マルキンの5社のこと)

そもそも本醸造方式が主流だったのは関東と近畿。
それ以外の地域では混合(新式醸造)の方が主流だったことがわかる。
これはそのまま大手が本醸造で、その他の地方中小醤油醸造は混合であったことも示している。

それがこの時期(7~80年代)を境に劇的に比率が変化する。
目立つのは北海道だが、醤油生産量も増大している。ちょうどこの時期、1987年に『キッコーマン北海道工場(千歳工場)』が完成したのが関係していると思われる。というわけで、北海道はちょっと特殊かもしれない。

北海道を除くと、本醸造と混合醸造の比率が逆転したのが東海地方。ここは完全に本醸造主流へと切り替えたようだ。

本醸造が増えたとはいえ、それでもなお混合醸造が主流なのは、東北、北陸、中国、九州。
甘口醤油地帯ですね(笑)

中国地方の醤油事情はまだ詳しく知らないんだけれども、山口県の醤油も「甘い」と聞くので、やはり甘口醤油文化圏なのかも。(※ただ最近は山口をはじめとする中国地方の醤油は「再仕込み醤油」をブランドとしているために、この後は本醸造の比率が増えているかもしれない)

四国は東半分が普通の濃口醤油、西半分が甘口醤油らしいので、この比率が見事にそれに近いのが面白い。
(四国の東は近畿文化圏、西は九州文化圏)

さて、ここで注目したいのは九州である。
九州での変化をもう少し詳しく見てみると

1971年
大分県 本醸造01.4% 混合98.6%
福岡県 本醸造08.5% 混合91.5%

1989年
大分県 本醸造39.7% 混合59.7%
福岡県 本醸造19.4% 混合80.6%

大分県の変化がすさまじい。
本醸造比率は10%程度どころか1%台しかなかったのに、この時期を過ぎると九州地方ダントツの本醸造生産地となっている。なにが大分をここまで変えたのか。



■混合醸造衰退の理由

この70年代~80年代、醤油業界は大きな構造改革がおきていたのだ。
それは1964年から始まる「近促法」。
「近促法」すなわち国家による「中小企業近代化促進政策」である。

醤油業界も1970年に「近促法の適用する特定業種」に指定され、大規模な醤油業界構造改革事業が何度か行われることとなる。これは1970年の第一次醤油構造改革事業から始まり、1986年の第四次まで続く。
これにより醤油醸造の工業化と近代化が進むわけだが、なによりこの時に農林水産省から

「新式醸造から『本醸造』に切り替えるベシ」

と指導が入ったのが大きい。

なぜこのような指導が入ったのかは不明だが、少し考えてみた。
この時期、視野を広く見てみると、キッコーマンアメリカ工場ができたのが1973年。
キッコーマンのアメリカ進出していたのはもっと前からであるが、実はその時アメリカには「アメリカ産醤油」というものが現地で生産されていて、進出にはなかなか苦労していた。
このアメリカ産醤油というものは、日本の伝統的な発酵醸造手法ではなく、化学的手法によって生成された醤油で、俗に「化学醤油」「アミノ酸醤油」とも呼ばれる。

たまにこの「アミノ酸醤油」とアミノ酸液を混合醸造させた『新式醸造(混合醸造)』とをごっちゃにしてる人もいるようだが、全然別もの。

ただ、新式醸造もその名からわかるように近代になってから開発された醸造法。そんな醤油世界情勢の中、日本のアイデンティティとして「本来の醸造方式=本醸造」を日本の醤油のスタンダードにする、そういう意志があったのではなかろうか。
またこの時期、酒も吟醸だのなんだの細かく制定されているので、日本の食品業界全体で食品に対する見直しがなされていたとも言える。


あくまで指導なので従う義務は無いのだが、時代が本醸造優遇となったのは間違いない。
醤油の格付(上記の特級など)にしても上級とされる醤油は「本醸造」でなければいけないため、醤油の格付けをあげるには本醸造醤油を作らざるおえないこととなる。
しかし、もとから本醸造を作っていたところはいいが、新式醸造のみでやっていた所は新たに本醸造工場を作らねばならない。

とはいえ、近促法というのは『大手企業による寡占を防ぐため』に、中小企業に税制や金融の優遇を行い発展促進させることが目的。
70年代はスーパーマーケットの発展などにより大手の成長は驚異的な伸びをみせていた。
しかし、近促法以後はその成長が止まっている。これは大手の成長が止まったということではなく、中小醤油企業らが対抗できる力を持ったというべきであろう。

この近促法下のもとで中小醤油企業がとった手段は地域によっていろいろあるが、主流となったのは。
「協同組合」型。
目立つところでは長崎、福岡、香川、広島、福島などが積極的におこなっていたようだ。
地域で醤油醸造協同組合を作り、共同して醤油醸造を行うもの。

これをより押し進めたのが「協業組合」型
大分、佐賀、石川、岐阜などがこれを積極的に採用。
こちらも中小の醤油企業が組合単位で「協同の醤油工場」を運営し、そこから配分するスタイルであるが、協業型の方がよりハード(工場)への依存率が高い。(また協業型は出資比率がそのまま配分に反映されやすいので、中企業が伸びやすい)
「協同組合」型が共同して醤油生産をしていても一応は「別々の企業の集合」であるに対して、こちらは組合そのものが一つの大きな醤油企業であるかのごとく協同操業(協業)するスタイル。
だからこういった傾向が強い地域では、醤油品評会などでは個別の企業名ではなく「○○県醤油協業組合」という名義で出品されることも多い。

他にも
生産の連合ではなく、資本提携による企業結合「出資合同」型や(兵庫、熊本、群馬など)
既存のままで周辺企業と長期契約などを結び営業努力で集約化をはかる「業務提携」型(茨城、埼玉、岩手、宮崎、新潟など)
もある。

中には、ちっとも連合しないで自力で近代化を進める「独立企業」型もある。主に愛知や山梨。

せっかくの近促法なのに実施しない地域もあって、それは東京や神奈川。
今でもこの二つの県は醤油製造過疎地帯でもわるわけだが、元々連合してどうこうする規模そのものが無かったのかもしれない・・・・


こうして次々と中小の醤油醸造企業が閉業するなかで、実施したところはなんとか生き延びることができた。
「生き延びた」だけでなく、中にはこれにより急成長をとげたところもある。

それが大分県だ。

hunndo-kin_honjouzouden02.gif

この醤油改革事業において、全国でもっとも多額の事業費を投入したのが大分県。
全体的に九州の醤油業の投資額は大きい(九州勢を合計すると全国事業費の40%以上にもなる)のだが、その中でも大分はとびぬけていた。
さらに、協同醤油工場設立運営という特に集約化事業費がかかる「協業型」のみでみてみると、その過半数が大分県という異常なまでの力の入れ方である。

この大分の事業費の具体的な使用目的こそが、
時代の流れでもある「本醸造」の巨大醤油工場の設立である。

これにより90年代には大分の本醸造生産比は、かつての88倍ちかく拡大。

他の九州の醤油業をぶちぬいて、フンドーキン(大分醤油)は「本醸造派」へと転身したのであった。

hunndo-kin_honjouzouden03.gif
1972年ごろはスーパーマーケットの拡大により、大手メーカーの進出におされ、大分の県内産醤油率は80%まで落ち込んだが、この大躍進により90年代には96%以上まで回復した。
まあ、全国でみれば自県内産醤油率は60年代には50%であり、90年代には40%という状況を見れば、むしろ九州の県内醤油自給率が異常なわけだが。

協業型の場合、その地域の組合そのものが大きな企業として活動されるため、その筆頭であるフンドーキンの活動と直結する。ゆえに、大分醤油=フンドーキンといったニュアンスで語ってきたが、大分にはもう一つ大きな醤油企業がある。それがフジジン。

そもそも大分の醤油組合は「大分県味噌醤油工業協同組合」として始まったのだが、醤油新工場建設をめぐって
「二豊醤油協業組合(フジジン)」と「大分醤油協業組合(フンドーキン)」に分裂することとなる。

みそに固執し保守派についたフジジンと、旧型工場を捨て新型工場にかけたフンドーキン。

主に大分味噌の構造改革をうけもったのがフジジンであったため、醤油においてはフンドーキンが一歩リードした形になったが、どちらもよきライバルとして大分の醤油味噌業界は活性化していったのであった。

このへん色々面白い話もあるのだが長くなるので割愛。



大分醤油全体の底上げもあるが、フンドーキンそのものの活動はとくにめざましいものがあった。
フンドーキンは時代の流れに敏感なのか、食生活の嗜好の変化に注目し、醤油のみならず醤油加工品(つゆやドレッシング)の生産比率を高め、かつ広告戦略にも力を入れてくる。(このへんはキッコーマンの戦略に近い)
特にドレッシングへの力の入れ方が大きく、中小ひしめく九州においてかなりモダンな醤油企業である印象だ。
こうして、醤油のみならず醤油関連商品の拡大によりフンドーキンは急成長をとげ、かつて九州の醤油王国だった福岡を抜き、日本規模でも大手五社につぐ醤油企業となるのであった。

参考までに記しておくと、キッコーマンは「我々は醤油会社であり、醤油加工品は、その元となる醤油を購入して加工する業者を圧迫することになるため『醤油加工品は作らない』」というポリシーがあった。
しかし、時代の流れには逆らえなかったのか近年ついにキッコーマン自身も醤油加工品(焼き肉のタレとかめんつゆとか)を作り始めるようになる。
(※ヤマサはもっと早くから「醤油つゆ」を出荷していた)

ちょっと遠回りしてきましたが、すなわちこれが混合醸造比率の高い九州において、大分県で本醸造比率が急増した理由でもあり、フンドーキンの醤油が混合醸造の甘口ではなく「本醸造の甘口」であるゆえんだ。


圧倒的シェアをほこる大手醤油メーカーたちに戦いを挑むかのごとく、フンドーキンは世界一巨大な木樽で作った天然醸造醤油の製造をおこない、「世界一」という名の醤油も作った。日本一をとびこえて世界一である。
記録のうえでは大手を超えて世界一の名を得たこの行動こそ、フンドーキンの野望としてとらえることができるだろう。

また、九州の醤油にしては珍しく日本各地に出荷を試みていて、九州以外でも目にすることが多い。

hunndo-kin_honjouzouden04.gif

九州以外ではなかなか甘口醤油というのは浸透しずらいのかもしれない。
しかし、個人的にはそういう輸出用醤油ではなく九州甘口醤油をぜひ出荷してほしいと願う。

そんな本醸造派のフンドーキンだが、そこは九州の醤油メーカー、混合方式醤油も製造している。
hundokin_shiro01.jpg
例えばこの「フンドーキン うすくち白」
名称:うすくちしょうゆ(混合)
原材料:アミノ酸液、脱脂加工大豆、小麦、食塩、砂糖、ぶどう糖果糖液糖、調味料(アミノ酸等)、甘味料(甘草)、保存料(パラオキシ安息香酸)

混合方式によるうすくち醤油であり、関西のうすくち醤油とは根本的に違う。
やはり甘口醤油圏ではこれでないといけないのかもしれない。
※「白」とあっても小麦を主原料とする「白醤油」とは製法が違うので「白醤油」ではない。


<余談:混合醸造醤油について>
混合方式の醤油は「アミノ酸液」を混合して醸造されるため、添加物はなんでも悪!みたいな人や、やっぱり昔ながらの製法で作る手作りが最高俺ってグルメ!な食通ぶりたい人には不評な感じだ。(化学醤油と混同してる人さえいる始末)

では、混合醤油が多くそれらの醤油を好む九州や東北の人は味オンチなのか?
そうではないだろう。混合醤油は混合醤油ならではのおいしさがあるのだ。
そのまろやかさは独特のもので、これはこれでおいしい。

例えば福岡醤油では(まぎらわしいが九州ではなく三重県の醤油メーカー)木桶仕込みの古い製法であるが、ここで作られているのは本醸造ではなく、「混合方式醤油(新式醸造)」だ。

いかにも食通にウケそうな名称を捨て、設備的に可能であるにもかかわらず混合方式醤油を作るのは、その味がおいしいという美学と信念があるためであろう。

職人が「うちのが一番」という誇りをもつのは良い。
しかし賞味する方は、酒がいろんな製法で作られ多様な種類があるように、醤油もまた違った製法違った味を個性としてうけとめそれぞれの醤油を愛する方がきっと幸せだ。
関連記事

この記事のトラックバックURL

http://ppgcom.blog12.fc2.com/tb.php/3116-ed0c0514

コメント

爾百旧狸:
新式醸造と書かれてたとか、まったくおぼえてないです

製法による等級表記問題は、日本酒でモメてたイメージが大きいんですが
醤油界もすさまじい状況だったんですねえ。しかし、大分スゲエwwwww
海星:
これが、大分の本気…!

岐阜の名前が出たので、おお!と思ったのですが、地元の醤油のことなんかぜんぜん知らなかったのでとっても勉強になりました。
ちょこっと検索かけただけでいろいろひっかかったので、もっとよく知っておきたいなあと思います。

これはちょっと違うかもしんないんですが、先日、母の実家の鳥取に帰ったときに、どういった醤油を使ってるのかきいたところ、「近所の醤油屋の醤油」と返答されました。
そういえば高校時代の友人にも家では近所のなんとかさんが作ってる醤油しか使ったことない、とかいう人がいて、醤油ってほんとに地域に根差した製品なんだなあ、と。地産地消。


大変すばらしい論文でございました。最後なんか感動してしまったです。
そして氏の袖口ひっぱるサクラさんにくらくらしたです。なんというかわいさか。
スカポン太:
>爾百旧狸さん
新式醸造とか、私も調べるまで全然知りませんでしたよ。
というか、関東では新式(混合)の醤油そのものを見かけないし。
まあ、あっても興味ないころは見過ごしまくってたでしょうけど。

酒についてはまだそんなに調べていないのですが、そっちもいろいろあったようですね。
まだ酒の方が話題になりやすいんだろうけど。

>海星さん
読んでいただきありがとうございます。
ああ、やはり昔は「醤油屋で醤油を買うもの」だったんですね。
でも、関東は古くからキッコーマン支配下だったから、そういう地元醤油ってのはなかなか見かけませんけど。
ぜひ一度地元醤油も気にかけてみてください。

コメントする

管理者にだけ表示を許可する

Template Designed by DW99