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アニメ内ミュージカルの考察

>日本アニメと海外アニメで挿入歌の在り方が違うよね
日本ではOP、EDではない曲を流しながらただ話が進むだけ
海外だとミュージカル仕立てになってる、そんなイメージ


これは、けっこうずっと考えてきたテーマなんですよね。

Love_Makes_the_World_Go_Rou.jpg
「ららら愛が〜世界を〜動かすの♪」
けっこう長目でコーラス歌だけど、パワパフは歌吹き替え聞けてよかった。

ppg59ep.jpg
他には「メイジャーマンの歌」とかもあるけど、さすがに全編ミュージカル(ロックオペラ)の「バラ色の人生?(See Me, Feel Me, Gnomey)」は字幕。まあ、あれは北米でも未放送だっただけに日本で放送されただけでもありがたかったですけど。

カートゥーンの挿入歌は、90年代末からじょじょに増えてきて、ここ数年で挿入歌が定番になるくらい大流行している感じです。
アニマニアックス、そしてカウ&チキン、ビリー&マンディ、デクスターズラボでも歌は多いし、サムライジャックですらラップぽいのが確かあったような。
アニメ作品でも、リアルさが増していくにつれ挿入歌率は低下します。具体的にはアメコミヒーローものとか。
ただ、アメコミヒーローものでもコミカルなやつではミュージカルありますね。
「バットマン:ブレイブ&ボールド」や「アルティメットスパイダーマン」など。


うまく考えがまとめられたかはわかりませんが、以上のことをふまえて、日本ではなぜそうならないのかの理由を考えてみました。
 

■技術的な理由
日本は後から声を収録するアフレコで、海外は先に声を収録するプレスコ。

映像に合せて歌うのと、自由に歌ってもらってから映像をそれに合わせるのは大きな違いです。
海外の声優は歌手もやってる人が多いこともありますが、プレスコゆえに、海外ではアニメーターが声優をやったり、なおかつ歌ったりまでしたりします。
多芸というだけでなく、プレスコならではの側面は強いかと。
特にミュージカルは歌のセリフがストーリー進行とも関連しているために、リップシンクもあったりして、アフレコではこれは非常に難しい。

日本でもOPなどはまず曲があって、それに合せて作られるだろうから、OPなどはプレスコだろうし、本編でも変則的に歌パートはそう作れそうだし、そう作っているんだと思う。

しかし、多くの場合、ミュージカルにはならず、「無関係にBGMとして挿入歌が流れる」、「歌手が歌うというまっとうな理由でしか歌が挿入されない」、「OPと同じくミュージックビデオ的な映像(歌と歌い手がシンクロしない)」などが日本のアニメの多くのケースではないでしょうか。

プレスコかアフレコかとも密接に繋がっているとは思うけど、ミュージカルを作るような制作時間の無さもあるかもしれません。

単純に技術の問題で言えば、日本のアニメーターは慣れは少ないとしても、器用なので十分作れるとは思います。
むしろわざわざやろうとする必然と、やりたいという意思があまり無いのかも。


■文化的な理由
ミュージカルが日常にあるかどうか。

アメリカは映画大国でもあるが、演劇大国でもある。
日本でももちろん演劇はいろいろ公演されているけれど、映画並みに「日常娯楽」かといえば、アメリカと比べ差は大きい。
それは演劇好きの人が観に行く「特別な趣味」。
アメリカでは常にどこかでやっている日常娯楽の一つ。

そして、アメリカでは学校の普通授業として、生徒も演劇&ミュージカルを体験する。
密接度がまず大きく違う。



■ミュージカルパートが入る必然性の理由
つまり、アメリカのアニメでは必然性をもってミュージカルを挿入できるケースがある。
それが「劇中劇ミュージカル」

アメリカでは学校の授業として、一般生徒が演劇をする。
つまり、それを描けば、そのままミュージカルパートに早変わり。
カウ&チキンの「みにくいウインナー」などがそれ。
アルティメットスパイダーマンの劇中ミュージカルも学校演劇だし、スイチューフレンズでもあったし、アメリカのアニメで学校演劇は定番のネタ。
学園ものに限らず、チャウダーやマイリトルポニーでも劇中演劇を披露するという形で、ミュージカルが挿入される。
こういった必然性によって、挿入歌ミュージカル率は非常に高くなる。

このケースは日本のアニメではまずない。

歌があるとしたら「歌手が歌う」ケース。
その場合、ミュージカルと違い、ストーリー進行とはからまないし、映像の変化に乏しいために時間も短い。
映像に変化をもたせるには、ストーリー進行の背景でBGM的に流れている、もしくはイメージビデオ的な視覚表現になるしかない。


■リアリティラインの理由
そういった劇中演劇以外でも海外アニメではミュージカルパートとなることも多い。
マクロスなど歌がテーマである作品でも、歌手が歌っても、ミュージカルにはならない。

それはリアリティの問題。

現実に会話がわりに突然歌いだすなんてことは、まず無いからだ。
歌う理由がある人が歌うだけだ。

アメリカでも「突然歌いだすとかww ねえわww」などけっこう言われています。
アメコミヒーローものなど、リアリティが増すほど、挿入歌率が減るのも、このリアルの境界ゆえ。

日本の最近のアニメはリアル度が高すぎるために、ミュージカルを挿入する余地が無い。

ちょっと話がそれますが、「日本のアニメキャラは目がでかすぎる」などと言われるのは何故か。
カートゥーンキャラなんて、それよりはるかに目がでかいものが多いというのに。
通常は体型がリアルになるにつれ、顔のデザインもリアルに近づくもの。
しかし、日本のマンガやアニメはその進化の過程で、劇画並みのリアルな体型でありながら、「顔の造形だけはマンガ的デフォルメのまま」だからです。
すっかり慣れてしまってるけど、通常はそこに違和感を感じるもの。
手塚治虫ら古いマンガでは体型もデフォルメされていたから良いものの、今のマンガ・アニメの体型は漫画というより劇画のリアリティ。そのちぐはぐさゆえ。

一方、カートゥーンは住来の「マンガ絵」のままなので、ここでリアリティラインが違ってくる。

日本の多くのアニメではギャグものでも、体型や描写のリアルさが増していて、それゆえ非現実的なミュージカルが必然無く挿入しにくい。

クレヨンしんちゃんやアンマンマンあたりなら、ミュージカルパートがあってもそれほど違和感なさそうとはおもいませんか?



■作品のありかたの理由
カートゥーンの多くはどういう存在かと問われれば、それは「SHOW」
日本では「番組」にあたるんだろうけど、「SHOW」と「番組」ではちょいニュアンスの違いがある。
もうちょっと言えば「ショー」か「ドラマ」か。

フィニアスとファーブなどは典型的な「ショー」
視聴者に「エンターテイメントを観せる」ことが優先され、それゆえエンターテイメント要素のミュージカルが入る事は当たり前としておこなわれやすくなる。

こういう「カートゥーン = SHOW」 というのは、ルーニーテューンズなど古くから認識されてきた概念で、それゆえに、バッグスバニーという役者がバッグスバニーという役を演じている、そういうことが成り立つ。
チャウダーなどメタネタが多いのも、この伝統から。
自分たちがアニメの世界で演じている人物であることを知り、そして視聴者にむかって話しかける。
彼らはショーのコメディアンだからだ。

通常リアリティラインが高いアメコミで、そういうショーのキャラのようにふるまっちゃうデットプールが特異な存在になりうるのはそのためだ。(カートゥーンの世界観ではそこまで特異ではない)

最近はKNDやアドベンチャータイムなど、奇想天外でもショーよりドラマ要素が強い作品も増えていていますけどね。

日本ではそういうSHOWのような作品が少ないのは、マンガ原作が多いためだろうか。
マンガ絵であっても、マンガ原作であると、それはSHOWとして作られた話では無いゆえ、SHOWにはなりにくい。

蛙男商会の「秘密結社 鷹の爪」などはSHOW的なので、これはミュージカルを導入しやすそう。


■原作の有無の理由
そう。日本のアニメは原作付きのアニメ化というものが非常に多い。
ミュージカルは映像と音楽を基盤とする映像芸術。
つまり、初めからアニメオリジナルで作られていないと、そもそもミュージカルなど導入できない。

さすがにアメリカでもコミックでミュージカルをやるのは無理だ。(歌シーンはあったとしてもミュージカルマンガにはならない)

(最近は小説原作も多いが)マンガ原作である以上、アニメでミュージカルが行われる箇所など、はなから存在しない。
それゆえ、挿入歌はあくまでBGM。


<まとめ>
ミュージカルをやるにはアニメオリジナル作品であること。
そしてそれが、ミュージカルが挿入されてもおかしくないテイストであること。
その際に、ミュージカルをやろうとするアニメ制作者の発想があること。
やりたいのなら、タイミングの問題からプレスコであること。

以上を満たせば、日本でもアニメでミュージカルが増えそうですが、真逆すぎて困難な気がします。

日本では珍しいミュージカルアニメ「練馬大根ブラザーズ」は一応条件は満たしているかな??
リップシンクしなかったのはちょっと残念だったけど。

どの理由を重要視するかで、視点は違ってきそうだけど、オリジナルが少ないのが一番の理由かなあ。
他は困難であっても意思さえあればつらぬけなくもないけど、原作付きでは無理だから。


と、まあ、そういうことを考えているんですが・・・どうかしら。
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コメント

黒色好き:
最近あったアニメだとDD北斗の拳がミュージカルパートが多いアニメだった気がします、北斗の拳のパロディなのでメタ性もありましたし基本みんな二頭身でしたし
ぽ:
はじめまして!いつも楽しく見させていただいてます。

ショーかドラマかというスタンスの違い、すごく納得できました!
ミュージカルアニメ、すごく面白いのに日本で制作されにくいのは
教養(教育?)的な差もあったんですね。
なのにアイドルアニメは多いのは、アイドルソングや歌番組には親しみがあるから?なのかな。

「カブトボーグ」などで浦沢脚本と言われている浦沢義雄の
脚本作品は、ミュージカルシーンをよくやられてます。
「練馬大根ブラザーズ」も浦沢さんですし
「はれときどきぶた」で一話まるまるミュージカルパートにした時もあったような・・・
Brthehtr:
ちなみに「バラ色の人生?(See Me, Feel Me, Gnomey)」のアメリカで放送禁止の理由は共産主義対民主主義の感覚です。
orca:
かなり古い作品ですが「ワンサくん」はミュージカルアニメでしたよ。
手塚治虫先生はディズニー信者でしたからやってみたかったんでしょうね。
現在殆ど作られないのは予算の都合が一番大きいと思います。
海星:
こんにちは(`・ω・´)
考察の記事、興味深く読ませて頂きました。
文化的な理由、のところでは、特に共感できました。
私自身、結構ミュージカルなど(四季とか)好んで観に行くのですけど、昔に比べて一般的になったとは言え、まだまだ「好きな人が観に行くもの」感はあります。映画よりも、もっとその感が強いと思います。
gleeとかみたいに、「ミュージカルのドラマ」ができちゃうくらい、やっぱりアメリカでは親しみ深く、日常的なものなんでしょうね。
774:
日本はミュージカルをそのまま描くよりもミュージカル的な演出やシーンを用いる方が好み、という個人的な偏見があります。教養主義的な用いられ方とでもいいますか
any0ne:
日本人は、演劇ファンや古い映画を見ている人以外、ミュージカルに触れる機会がないですからね。
そしてネットを見てると、ミュージカルという表現を、受け入れがたい異質なものとして、嫌っている人も多くいると感じます。
私はミュージカルこそ、人類が到達した最高の文化と思っています。
2006年に、テレビ朝日の深夜に『RED GARDEN』というアニメが放送されました。
『RED GARDEN』は全編プレスコで作られたアニメで、大昔に呪いをかけあった二つのグループが、自分たちの呪いを解くために、凄惨な闘いをつづける、という陰鬱なストーリーです。
しかしヒロインたちが話の途中で、突然歌いはじめるミュージカルシーンが何度もあって、仰天しました。
ステージではなく、誰かが楽器を演奏しているわけでもなく、離れた道路や家にいるヒロインたちが、歌をつなげていくという、まさにミュージカル。
こういう話なので、楽しく歌い踊るのではなく、哀しい歌をせつせつと歌い上げるのですが、本当に驚きました。
ミラクル:
日本も最近はプレスコでしてるものもありますし。泣いた赤鬼に妖怪と人間の壁を加えたような「モノノケ島のナキ」という映画とか。
しんちゃんやアンパンマンは・・映画ならできそうですね。

バットマンB&Bのバードオブプレイのが最初に浮かんだわ。Youtubeに日本語版が今でもある話の1つ。

スカポン太:
>Brthehtrさん
やっぱりそうですかねえ。
イデオロギー色が強かったですし。

いろんな意見ありがとうございます。

>黒色好きさん
DD北斗の拳もミュージカルあったんですか。
浦沢さん以外では大地丙太郎さんも好んで演出に組み入れることが多い気がします。

>ぽさん
「アイドルアニメ」
そうだと思います。生のミュージカルは見た事が無い人はいても、アイドルや歌番組のたぐいはなじみがあるでしょうし。

>orcaさん
そう!そこなんですよ。
確かうろおぼえですが、最初期の魔法使いサリーでもあったような・・・
手塚治虫がというより、昔は日本でもミュージカルになじみがあったんではないかとも考えているのです。
ミュージカルというと限定的になっちゃうけど、SHOW的な作品、作品にナチュラルに歌がある、そういうたぐいが、昔は日本では多かったと。
具体的には、昔の映画。植木等の無責任男シリーズや、若大将シリーズなど、必ず歌がありましたし。
TV番組もドリフなどはすごくSHOW的ですが、最近のバラエティはちょっとそれらとは違うようになって、その手のものが日本ではいつしかすたれ、同時にアニメも同じ道をたどった。という。
古い東映のアニメ映画など劇中歌普通にやってた気がするし。

>海星さん
そうですよね!
むしろアニメ以上に、ミュージカルなドラマはほとんど日本にないんじゃないか、と。
まだ、アニメはがんばってる方とすら思えます。

>774さん
ちょっと難しいけど、なんとなくわかります。
「そのまま」じゃなくて、ミュージカル的演出として使われるって感じですかね。

>any0neさん
『RED GARDEN』は初めて知りました。こんなのあったんですね。しかもプレスコかあ。
ニコニコで第一話だけ無料で見れたので確認してみたけど、確かにセリフが歌になってました。
ただ、それをギャグのようにとられるところが、ミュージカルが制作だけでなく、一般視聴者にとってなじみがないっていう文化的側面も大きそうですねえ。


>ミラクルさん
それもプレスコなんですかぁ
帰まん:
なるほど、文化の違いということですな。確かに日本だとミュージカルって浸透してませんもんね。

>現実に会話がわりに突然歌いだすなんてことは、まず無いからだ。
>歌う理由がある人が歌うだけだ。

個人的にこれ読んで真っ先にインド映画を思い出しましたw
カートゥーンは二次元だから、意図的に架空のものだってわかるけど、3次元だとどうしても現実と地続きだって
錯覚しちゃうから、インド映画でいきなり歌って踊りだすのに違和感覚えるってことですかね?
本筋と関係ないけど、日本でも仮面ライダー響鬼で確か1話(2話もだったかな?)でミュージカルっぽいことやってたんですけど、見事に違和感しか感じませんでしたっけ…(今でもネタにされてます)
こういうのってリアリティと、文化的な浸透度の背景から考えると、無理もないことだったんですな。

それを逆手にとって、ギャグの演出とかで浦澤義雄みたいにミュージカルを挿入したりする方法もあるのかなと…
(響鬼もそれだったのか?牧歌的なノリは作品の導入としては適切でしたけど…)

スカポン太
仮面ライダー響鬼でもありましたか。
日本だと「突然ミュージカルというギャグ」になってしまう、いや、視聴者がなじみがないからギャグとしてうけいれられてしまう、という要素も強いのかな。

変身中は攻撃しないとか、時代劇のお約束諸々のように、視聴者が「そういう演出」を自然にうけいれる状況がないと難しいように思えてきました。
制作側にやる気の有無や、制作事情の問題以上に。
土地神:
「歌謡映画」という言葉を思いついて調べてみたところ、何で日本にミュージカルが根付かなかったのか分かった気がします。

まず、http://ja.wikipedia.org/wiki/ミュージカル映画 の「日本のミュージカル映画」の項目によりますと、戦前から昭和30年頃までに時代劇映画の中でミュージカルの手法が使われたそうですが、いわゆるアメリカの「ミュージカルとして作られた作品」を日本版にしたものは受け入れられなかったそうです。そういえば「植木等版の雨に唄えば」とかなかったですもんね(ミュージカルがミュージカルとして根付いていればこういう映画があったはず)。

つまりミュージカルは昔から現代まで日本に根付いたことは少しもないんです。何だってー!?

じゃ50年代60年代の歌を歌う映画は何だったんだというと、それが「歌謡映画」 http://ja.wikipedia.org/wiki/歌謡映画 あるいは「青春歌謡映画」。つまり主題は「歌謡曲」と「歌謡曲を歌うスター」であって、ミュージカルは手法でしかなく主題ではないんです。

と考えると、このジャンルの映画が廃れてしまった理由が分かってきます。
・演歌やロックやフォークやニューミュージックが台頭し歌謡曲が一気に下火になった
・映画からテレビの時代になった
・主力だった日活の経営がすごいヘボまった
まぁ結局時代の流れで終わったんですね。

ドリフはまさに歌謡映画の頃に誕生したグループですし、元がバンドマンですからショーっぽいのかもしれませんね。ちなみにお笑い史的にはドリフと漫才ブームの間には萩本欽一が入ります。みんな欽ちゃん忘れちゃってますが(笑)。

ではとりとめもなくおわりです。
スカポン太
な、なんだってー!
ああ、「歌謡映画」っていうと、あの手のものはすごくシックリきますね。

まあ、時代の流れでくくれちゃう話だけど、アメリカでも映画でアメリカンニューシネマが流行って、一気にリアルよりになってミュージカル映画自体すたれちゃったので、日本だけがとは言えない問題ですけど。
そうなってくると、むしろ、アメリカが世界の中でもミュージカルが大好きすぎて、最近になってまた復活してきたと思うのが筋かなあ。
欽ちゃんはドリフ以上にコメディショーというか、シットコムに近いノリがあったかと思います。
それらも皆すべて漫才ブームに押されて消されちゃった感じかなあ。
今の日本のギャグがボケとツッコミだらけのパターンになったとこを考えると、漫才ブームは日本でのギャグのパターンを変えたんじゃないかなあ。

あ、でも、クレイジーキャッツ映画の中でも大好きな一本「クレージー黄金作戦」などはかなりミュージカルしてると思いますよ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12099020


マグナムセイバー:
そういえば、日本アニメだがアニメ版はれときどきぶたでも、ミュージカル回があった気が・・・

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